まごまごフォットット

bun111ji.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:嘉義丸( 33 )

73年目の命日

嘉義丸が沈んで73年。

d0018704_14195394.png



d0018704_14112104.jpg

d0018704_14195394.png

お寺にお参りに行って来ました。












[PR]
by bun111ji | 2016-05-26 14:32 | 嘉義丸 | Comments(2)

戦没・殉職船員追悼式


戦没・殉職船員追悼式典に両陛下出席

d0018704_19594876.png


今日の西日本新聞朝刊に掲載

d0018704_19583796.jpg



『戦没船員の碑が』が横須賀市にあるとは知りませんでした。
650人もの出席者とのこと。

神戸の資料館には式典や見学に何回か行ったことがあります。
数えきれない数の民間の商船や漁船の写真が展示。
でも写真のない船も数知れず。

父の船『嘉義丸』の航路は数多くの船がやられ、沈められていたのに
箝口令が敷かれ事実を伏せられたため、
多くの商戦や漁船がそこでやられました。
学童疎開の『対馬丸』もその中の一隻です。
戦後70年、『嘉義丸』は没72年目です。

d0018704_19594876.png



d0018704_19581841.jpg


数知れない戦没者のご冥福を
心からお祈り申し上げ、二度と同じことを
繰り返さないことを心からお祈りいたします。


d0018704_19594876.png



[PR]
by bun111ji | 2015-06-11 20:52 | 嘉義丸 | Comments(0)

戦没船と海員の慰霊式典

d0018704_2157898.gif


d0018704_2115842.jpg

毎年開催されている『戦没船と海員の慰霊式典』

今年は兄嫁のk子さんが出席しました。

ここのところ私も出席することができないでいたので
ありがたいことです。

今年4月兄が急逝しました
その日が亡き父と月は違いますが同じ26日。
何かの因縁かとk子さん息子と一緒に
出席したいと言ってきました。

でも当日には息子がどうしてもはずせない用があり
いけなくなり一人で出かけたようです。

とっても有意義なことだったようで報告がありました。

『戦没した船と海員の資料館』を支える会代表をされている
佐藤先生が体調悪いようで今年の式典にはお出にならなかったそうです。

どうぞお大事になさってくださることをお祈り申し上げます。


d0018704_21574026.gif
[PR]
by bun111ji | 2011-08-16 21:01 | 嘉義丸 | Comments(2)

とうとう・・・

とうとう一人もいなくなりました。

d0018704_21264100.jpg

嘉義丸のたった一人の生存者
山〇 音〇 さん。
ご逝去とのしらせ。

もう嘉義丸ことを語ってくれる人、いなくなりました。
ご冥福をお祈りいたいします。

[PR]
by bun111ji | 2010-12-06 21:35 | 嘉義丸 | Comments(0)

慰霊式典

慰霊式典に出席してきました。
63年目の終戦記念日。 
毎年ここ『戦没した船と海員の資料館』ではこの日に慰霊祭が行われます。式典には一昨年に続き2回目。
我が家のお墓には遺骨は入っていません。父は魚雷にやられた船と共に海底深く沈んだままです。
ここの資料館にはこのように戦争で沈められたままの船と海員の方の資料が数多く展示されています。でもここに展示されるはずの写真の無い船もたくさんあるのです。

式典では八点鐘と共に黙祷に始まり、挨拶、講演、ビデオ上映など。
お話、講演で改めて戦争がいかにむごいことかを考えさせられます。
戦争体験者がだんだん減ってくる中で戦争の無い平和な世界をどうしたら築いていけるか若い人たちにどのように伝えたらいいのか考えさせられた一日でした。

d0018704_2150283.jpgd0018704_21505767.jpg







d0018704_21515186.jpgd0018704_21524933.jpg
[PR]
by bun111ji | 2008-08-15 23:06 | 嘉義丸 | Comments(0)

65年目の慰霊祭

65年経って初めての慰霊祭が奄美大島で執り行われたとあちこちから連絡を受けました。

鹿児島では南日本、読売、朝日新聞、MBC TV でも報道。

唄者「朝崎郁恵」さんを迎え『嘉義丸のうた』を捧げられたとのこと、事務所のほうからも報告を受けました。

多くの民間の商船が、大勢の民間の人々が犠牲になったこと改めて思い起こしています。
このような悲惨なことの起こらない平和な世界を心から願っています。
[PR]
by bun111ji | 2008-05-27 20:52 | 嘉義丸 | Comments(0)

命日

今日、5月26日は父の命日。

65年前の今日南の海に船諸共沈みました。
昨年秋には父の最後に言葉を交わした方のご遺族から連絡を頂き新らしい事実がわかりました。
又、今日の命日には花束を頂戴。こんなに歳月がたっても心に留めていて下さる方がおられることに心から感謝です。

又、神戸市垂水区のかたでお母様と弟さんを嘉義丸でなくされた方から弟の方へ連絡があったそうです。

せめてご遺族の方々が元気でお幸せでありますようにお祈りいたします。
そして戦争のない平和な世界でありますように!!
[PR]
by bun111ji | 2008-05-26 21:09 | 嘉義丸 | Comments(4)

父の最後の言葉

このブログを通してもう一人の方の貴重な証言を頂きました。
d0018704_20495320.jpg
当時大阪府府会議員をされていた方で食料確保の依頼を受けて沖縄に向け嘉義丸に大阪から乗船、遭難にあいながらも救助された方の証言です。既にもう亡くなられていらっしゃるのですがこの方の娘さんと言う方が大阪におられることが分かりました。
お父様が生前嘉義丸遭難時のことをよくお話になられていたと言うことです。そのお話の中で航海中父と食事をご一緒したり、話をしたりされたそうです。

船が魚雷に当たり沈没する寸前すぐ近くにいてその時の船長のことばをしっかり覚えておられると言うことでした。『どうぞ助かってください。皆様のご無事を祈ります』と言って手を合わせ、その後船長室に入り中から鍵をかけ閉じこもったとのことでした。
その後この方は大阪府の副知事を8年勤められ又衆議院議員も勤められたそうです。

一昨年嘉義丸の生存者に我が家の兄弟がお会いする機会があり父が船長室に入り鍵をかけたと言うことが分かりました。今回の証言で父の最後の言葉まで分かったことは本当に貴重な証言を頂いたと感謝しております。

嘉義丸沈没後既に64年、やっとここまで分かってきました。これも『朝崎郁恵さんの「嘉義丸のうた」』やこのブログを見てくださった方のお蔭だと思っております。

今尚こうして当時のことを心に留めていただいている方がおられることに驚くとともに感謝いたします。

た○か○子さま、と○ぞ○様 貴重な証言感謝いたします。有難うございました。
[PR]
by bun111ji | 2007-08-24 21:42 | 嘉義丸 | Comments(0)

お名前伏せさせていただきました

早速連絡いただき有難うございました。
お名前伏せさせていただきました。ご了承ください。

5月26日、嘉義丸の沈んだ日に(父の命日)コメントをいただいていながら気がつきませんで大変申し訳なく思っています。

私達家族は父のなくなったときの状況は僚船からの報告として、船橋で万歳をしていたとの事しか知らされていませんでした。

一昨年朝崎郁恵さんが『嘉義丸のうた』をお出しになったことで乗客で現在たったお一人の生存者の方が見つかり、父の最期を見たこと、その方も父は最期に船長室は入り鍵を閉めたのを見たとおっしゃっています。

○様のお祖父様も同じ状況を見ていたことで間違いなく手を振って船長室に戻ったことになります。

当時は船長の命は船諸共と言われていましたし、助かった船長の中には後に自刃された方もいらしたので自分が助かるなんて考えられなかったと言う状況だったようです。

私の母は父の最期の状況を何も知ることなく7年前に亡くなりました。

昨年は神戸の『戦没した船と海員の資料館』へ行き民間の商船がこんなにもたくさん沈められていたことに改めて心が痛む思いをしました。

お祖父様のご冥福とご家族皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

よろしければ非公開コメントで連絡先をお知らせいただければ嬉しいです。
[PR]
by bun111ji | 2007-08-16 10:18 | 嘉義丸 | Comments(2)

62年目の終戦記念日

昨年に続き今年も 『戦没した海員の慰霊式典』に出席したかったのですがこの猛暑の中、体調のことも考え無理しては?と思い今回は思いとどまりました。

テレビ番組を見ていて『おもいっきりテレビ』のなかに封印された海戦悲劇というのを見つけました。
もしかして?と思い、見ることに。

画面に「戦没した船と海員の資料館」。やはりそうでした。
d0018704_21121046.jpg

資料館の中には戦時中沈められた膨大な数の船の写真。
d0018704_2114368.jpg

これらの船は皆民間の商船。国民に知られることなく沈められました。
当時非常に危険な海域だったにも関わらず国はそのことを民間の船に知らせることはなかったのです。
そのために何も知らずに航海を続けて数多くの船が沈みました。
父の「嘉義丸」もその中に含まれこの中に展示されています。

その中で乗員で生き残った方、遺族の方へのインタビューなどが紹介されました。そして「彼らにとっては戦争はまだ終っていない」ことのようでした。

今この国にとっていろいろなことが取りざたされていますが何といっても戦争のない平和な世界を心より願っています。
[PR]
by bun111ji | 2007-08-15 21:23 | 嘉義丸 | Comments(0)

バラの花束


by bun111ji
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30