嘉義丸以外の2隻も沈没

兄より父が船長として乗った船は嘉義丸以外の2隻も沈没したとの連絡を受けたので調べてみました。
私たち家族は昭和11年大阪より鹿児島へ転居、その年の8月に私は生まれました。当時父が乗っていたのが厦門丸、次の乗ったのが宮古丸、そして嘉義丸に乗っていました。

これらの船は3隻とも空爆、雷撃により沈没。詳細は次のとおりです。

嘉義丸
昭和18年6月26日  奄美大島沖で米軍の魚雷を受け船尾から垂直に8分で沈没。

宮古丸 
昭和19年8月5日   徳之島沖で雷撃、沈没、全員死亡。

厦門丸 
昭和20年5月25日  門司から釜山への向かう途中、対馬沖で空爆、沈没。
嘉義丸沈没時、同じ船団に加わっていました。

尚、19年8月22日に沈没した、学童疎開でご承知の対馬丸は嘉義丸が沈んだときの船団の中に加わっていました。

私が生まれて以来父が乗っていた船は全部撃沈されたということです。これらはごく最近、62年も経って知った情報です。いまだに知らないことが多いことに驚きます。
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by bun111ji | 2005-09-03 20:40 | 嘉義丸 | Comments(0)